2016

アグネータ・フロックさん
ギャラリー・トーク開催のお知らせ(札幌)

札幌エスタ11F プラニスホール

「北欧から届いたファンタジー 切り絵作家 アグネータ・フロックの世界展」の札幌での開催を記念して、アグネータ・フロックさんのギャラリー・トークを行います。作品の解説や制作の背景など、いろいろと楽しいお話をうかがっていきたいと思いますので、皆様お誘いあわせの上ぜひお越しください。

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アグネータ・フロックさん出演決定!つながる@きたカフェ 4月28日(木)11:30~


日 時 :2016年4月29日(金・祝)・30日(土)
①午前11時から②午後3時から
各回約30分
会 場 :札幌エスタ11F プラニスホール(展覧会会場内)
北海道札幌市中央区北5条西2丁目 エスタ11階
問い合せ:JRタワー文化事業部 TEL:011-209-5075
プラニスホール TEL:011-213-2776

※事前申込み不要。参加無料ですが、ギャラリー・トークには本展入場券が必要です。
※トーク終了後、会場入口付近でサイン会を行います。
※イベント内容が変更、または中止となる場合がございます。
予めご了承ください。

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つながる@きたカフェ 4月28日(木)11:30~
アグネータ・フロックさん出演決定!

放送局:NHK総合・札幌(ch.3)/NHK札幌放送局

北欧の自然や伝統的な物語に育まれた“魔法の手”を持つ、スウェーデンの切り絵作家
アグネータ・フロック。彼女はテキスタイル作家として独自の世界を築き上げた後、
切り絵と出会い、独創的でファンタジー溢れる切り絵の世界を表現し続けています。
4月29日(金・祝)より5月22日(日)まで、札幌エスタ11F プラニスホールで
開催される展覧会のみどころなどを、アグネータ・フロックさんご本人が語られます。
※放送日時は変更になることがあります。あらかじめご了承ください。

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あの時代(とき)のホリゾント

 


「生涯、アマチュア写真家」を自称していた植田正治が初めてファッション写真を手がけたのは1983年、植田が70歳を迎えた年であった。それまでのファッション写真の枠組みを自由に飛び越えた作品は大きな反響をもって迎えられ、新たに植田正治の名を世に知らしめる契機となった。すでに植田正治を知るものにとっても、生まれ故郷の鳥取にとどまり、戦前からアマチュアリズムを貫いていた植田正治が、商業写真、しかもファッション写真を撮影したことに対する驚きは相当なものだった。
ただひたすらに「写真する歓び」を追い求めることで満足していた植田正治を新たな世界へ導いたのは、当時、アートディレクターとして活躍していた次男の充であった。この年の3月、最愛の妻を亡くし、写真を撮る気力さえ喪失していた父の姿を見かねた充が思いついた“荒療治”、それがデザイナー菊地武夫のブランドTAKEO KIKUCHIのカタログ撮影だった。自らのホームグラウンドとも言える砂丘で、モデルたちを自由に演出することが許された撮影で生来の実験精神と遊び心を取り戻した植田は、まったく新しいファッション写真の世界を創造することになった。それは、期せずしてすでに70歳になっていた植田正治の写真家としての新たな転機にもなる。もともと新しもの好きでハイカラ趣味だった植田正治とファッション写真との相性は抜群だった。その後も、充の手引きにより、多くのファッション写真を手がけた植田正治は、まさに水を得た魚のように次々と名作を生み出していった。後年、「砂丘モード」として知られるようになるこれら一連の作品群は、若い世代や海外にも大きくアピールし、植田の名前を次世代に伝えていく上で重要な役割を果たすことになった。時代と運命を共にする宿命であるはずのファッションは、植田正治の作品の中では色あせるどころか、時代を経てさらに輝きを増し続けている。それは、まさに植田正治が生み出したあらゆる作品にも共通して言えることだ。
本展では、80年代に手がけたファッション写真を中心に植田正治の作品世界を立体的に展示することで、その世界観を追体験する。また「80年代」をキーワードにアート、ファッション、グラフィックなど、バブル経済を背景に成熟の頂点を迎えた時代の証言者たちを迎えたトークセッションの開催も予定されている。

ニュースリリース(PDF)はこちらへ


展覧会名:あの時代(とき)のホリゾント 植田正治のファッション写真
Shoji Ueda Photo Exhibition
会 場 :アツコバルー arts drinks talk
〒150-0046 東京都渋谷区松濤1-29-1クロスロードビル5F
TEL:03-6427-8048  FAX:03-6427-8886
http://www.atsukobarouh.com
期 間 :2016年4月16日(土)~5月29日(日)火曜日定休
営業時間:14:00~21:00(水曜日-土曜日)
11:00~18:00(日曜日&月曜日)
入場料 :500円(ワンドリンク付)
企画協力:植田正治事務所、五味彬、コンタクト


Profile 植田正治(Shoji Ueda)
1913年鳥取県生まれ。1930年代から写真雑誌への投稿などで頭角を現し、戦後、独創的な家族写真や鳥取砂丘での演出写真が注目される。1950年代はじめリアリズム運動などで、演出写真は中断するが、1971年の写真集「童暦」の刊行を機に、国内外で高く評価される。1972年に初めてヨーロッパを訪れ、1974年写真集「音のない記憶」を刊行。1978年、87年アルル国際写真フェスティバルに招待される。植田の作品は海外、特にヨーロッパでの評価が高く、1980年以降、展覧会、雑誌などで広く紹介される。1966年にはフランス芸術文化勲章を受章。2000年逝去(享年87歳)。


Exhibition of UEDA Shoji’s Fashion Photographs
Those Screens, Those Times

It was in 1983, the year he turned 70, when Ueda Shoji, who called himself an amateur photographer throughout his life, started taking fashion photographs. Bursting out of the frame of ‘fashion photography’, these photographs were highly acclaimed and took him to fame anew. Even for those who knew Ueda Shoji, the fact that he, who stayed in his hometown in Tottori and had stuck to his principle of amateurism ever since the time before the war, had took not just commercial photographs but fashion photographs was quite a surprise.
The one who led Ueda Shoji into this new world was his second son Mitsuru. He couldn’t stand seeing his father – who in deep sorrow over the death of his beloved wife in March 1983 had even lost interest in photography – sad anymore and came up with a cure: Photographs for the catalogue of KIKUCHI TAKEO. In the course of these shootings – in which he was allowed to freely arrange the models at his home ground, the Tottori sand dunes – Ueda found back to his playful approach and spirit of experimentation and was able to create a completely new world of fashion photography; an event that happened to become another turning point in the career of the then 70 year old Ueda Shoji. Especially, because his sophisticated taste and interest in novelties went extremely well together with the concept of fashion photography. After his work for KIKUCHI TAKEO, Ueda, led by his son Mitsuru, continued to take fashion photographs and, like a fish released back into water, produced masterpieces of photography one after another. Those photographs, later to be known as the series ‘Mode in Dunes’, appealed also to the younger generations and people abroad and in doing so played an important role in making accessible the world of Ueda Shoji to future generations. For, the Fashion in Ueda Shoji’s photographs, although being closely linked to the zeitgeist of the period of it creation, not only not appears antiquated, but continues to gain in appeal and brilliance over the years.
By focusing on his photographic work of the 1980s and exhibiting it ‘three-dimensionally’, this exhibition will revive the artistic universe of the late Ueda Shoji. In addition, several talk events are scheduled to be held during the exhibition period, with contemporary witnesses from various areas such art, fashion or graphic design, giving their account of this period called ‘The 80s’.


Exhibition of UEDA Shoji’s Fashion Photographs
Those Screens, Those Times
Venue: ATSUKOBAROUH arts drinks talk
Crossroads Bldg. 5F,
1-29-1 Shoto, Shibuya-ku, Tokyo
150-0046 JAPAN
TEL: 03-6427-8048  FAX: 03-6427-8886
http://www.atsukobarouh.com
Period: April 16, 2016 (Sat.) – May 29, 2016 (Sun.)
Opening Hours: 11:00 – 18:00 (Sundays & Mondays)
14:00 – 21:00 (Wednesday to Saturday)
Days Closed: Thuesday
Admissions: 500 ¥(includes one drink)
In Collaboration with: The Ueda Shoji Office, Gomi Akira, Contact Co., Ltd.


Artist Profile
Born 1913 in Tottori, UEDA Shoji distinguished himself as photographer from the 1930s on by contributing works to photographic magazines and received acclaim for his original family portraits and his scenic use of the Tottori sand dunes. He stopped taking mise en scène photographs during the rise of the realist movement in the 1950s, but again received recognition in Japan and abroad on the occasion of his photo-collection ‘Children The Year Around’ (Doreki) being published in 1971. In 1972 he visited Europe for the first time and two years later, in 1974, again published a collection of photographs under the title ‘Memories without Sound’ (Oto no nai kioku).
In 1978 he was invited to the photo festival Les Rencontres de la Photographie d’Arles in France and was well received abroad, especially in Europe, where his works became known to the public through various exhibitions and magazine articles from the 1980s on. In 1966 he was awarded the Ordre des Arts et des Lettres by the French Ministry of Culture. He died in 2000, at the age of 87.

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大原治雄写真展
-ブラジルの光、家族の風景

高知県立美術館

5月22日(日)午前9時<再放送5月29日(日)午後8時>
NHK Eテレ1「日曜美術館」にて大原治雄展が紹介されました。


猫の目の如き天気がざあざあっ 時々灰色の雲が通ると大粒の水滴が落ちる
太陽にてらされて まっ白い糸が 天と地をつなぐやうに思える(大原治雄日記より)

「大原治雄写真展 ―ブラジルの光、家族の風景」は、日系移民としてブラジルへわたり、アマチュア写真家として活動後、ブラジル国内で高い評価を得た”知られざる写真の巨匠”大原治雄の日本で初めての大規模な回顧展となります。過酷な開拓生活の中で、アマチュア写真家として身近な風景をとらえることに歓びを見出した大原の作品は、ブラジル国内で高い評価を得、ブラジル最高峰の写真美術館「モレイラ・サーレス財団」に作品が収蔵される唯一の日本人写真家でもあります。その芸術性に優れた作品群はもちろん、移民としてブラジルへ渡った大原の人生を追体験することにより、多くの日系人たちの歴史をも垣間見ることの出来る貴重な展覧会となります。

大原治雄は、1909年、高知県吾川郡三瀬村(現・いの町)に生まれました。 1927年、17歳で父母兄弟らと集団移民としてブラジルに渡り、はじめサンパウロの農園で農場労働者として働き、その後未開拓の地、パラナ州ロンドリーナに最初の開拓者の一人として入植します。 28歳の頃に小型カメラを購入し、農作業の合間に趣味で写真を撮るようになります。独自に研究を重ねながら技術を習得し、次第にカメラに没頭していきます。 1951年には、サンパウロの「バンデイランテス・フォトシネ・クラブ」に入会。国内外の写真展にも出品するようになります。当時はほとんど無名のアマチュア写真家でしたが、1970年代初頭頃から徐々に知られ始め、地元パラナの新聞などで紹介されるようになります。 1998年、「ロンドリーナ国際フェスティバル」で初の個展が開催され、大きな反響を呼びます。その後、「クリチバ市国際写真ビエンナーレ」(パラナ州)に第2回(1998年)、第3回(2000年)と連続で紹介され、高い評価を受けました。

1999年、大原は家族に見守られながら89歳で永眠します。 2008年、「日本人ブラジル移民100周年」の記念の年に、遺族によりオリジナルプリント、ネガフィルム、写真用機材、蔵書、日記など一連の資料が、ブラジル屈指の写真美術館でありアーカイブである「モレイラ・サーレス財団」(IMS、Instituto Moreira Salles)に寄贈されました。

本展では、IMSのコレクションから、約180点のプリント作品、愛用のカメラ、ブラジルに出発してから60年以上日々欠かさず書いていた日記など関連資料も併せて展示します。遥かブラジルの地に渡り、家族や仲間たちと切り拓き育て上げた広大な農場、そこで働く農民の日常風景、そして愛する家族の姿をこつこつと穏やかに写した大原の写真から、人々の心に存在する普遍的な人間や自然の賛歌を感じていただけることでしょう。
大原治雄作品1(Ohara Haruo Works 1)
大原治雄作品2(Ohara Haruo Works 2)


2015年は「日本・ブラジル外交関係樹立120周年」にあたり、11月にはNHK特別番組「新天地に挑んだ日本人~日本・ブラジル120年~」が放映されました。番組内では大原治雄と、「ブラジルでもっとも有名な日本人」と言われているもう一人の日系人アーティスト、大竹富江が紹介され、ブラジル社会で信頼を築いた日系移民の姿にせまり、日本とブラジル、その120年の歴史と今を、2人の移民の人生から描きだされ大きな反響を呼びました。


大原治雄写真展-ブラジルの光、家族の風景
会場:高知県立美術館

〒781-8123 高知県高知市高須353-2 TEL088-866-8000 FAX088-866-8008
URL http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~museum

会 期:2016年4月9日(土)~6月12日(日)
9:00~17:00(入場は16:30まで)会期中無休; *初日は10:00からの開展式終了後。
観覧料:一般前売720円・一般900円(720円)・大学生600円(480円)
高校生以下は無料*( )内は20名以上の団体割引料金。*年間観覧券所持者
(2,580円)は無料。
*身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、戦傷病者手帳及び被爆
者健康手帳所持者とその介護者(1名)、高知県及び高知市の長寿手帳所持者は
無料。
主 催:高知県立美術館、モレイラ・サーレス財団
駐日ブラジル大使館、NHK高知放送局
後 援:高知県教育委員会、高知市教育委員会、高知新聞社、RKC高知放送
KUTVテレビ高知、KSSさんさんテレビ、KCB高知ケーブルテレビ
エフエム高知、高知シティFM放送
企画協力:コンタクト
巡回館:<兵庫会場>2016年 6月18日(土)~ 7月18日(月・祝)伊丹市立美術館
<山梨会場>2016年10月22日(土)~12月 4日(日)清里フォトアートミュージアム


Exhibition of Photographs by OHARA Haruo
The Light of Brasil – Family Sceneries

The Kochi Prefectural Museum of Art
April 9, 2016 (Sat.) – June 12, 2016 (Sun.)
09:00 – 16:30(last admission 17:00)
*On April 9, 2016 the exhibition will be opened from 10:00, after the opening ceremony


The weather, just like cats, capricious. Rain. With gray clouds passing by, dropping beads of water. And then again, illuminated by the sun, a sparkling white string. Seeming to connect heaven and earth.
(from Ohara Haruo’s diaries)

The Light of Brazil – Family Sceneries is the first large-scale retrospective of unknown master photographer Ohara Haruo to be held in Japan. Living a rough life as an immigrant settler in Brazil, Ohara found joy in taking photographs of his every day surroundings. These photographs received wide acclaim in Brazil and became the only photographs of a Japanese-Brazilian to be housed at the Instituto Moreira Salles, one of Brazil’s leading institutions for the preservation and research of Brazilian photography and art in general. This exhibition not only shows Ohara’s masterful photographs, but in doing so also allows the visitor to get a glimpse of the life and history of Japanese born immigrants in Brazil.
Ohara Haruo was born 1909 in Misemura (present-day town of Ino) in the district of Agagawa, located in the prefecture Kochi on the south coast of Shikoku. In 1927, at the age of seventeen he and his family immigrated to Brazil as part of a larger group of Japanese people leaving their home country for South America. After arriving in Brazil he first worked as farm laborer in São Paulo and later moved to the undeveloped areas of Londrina in the state of Paraná as one of the first to settle there. Around the age of 28 he bought a miniature camera and started taking pictures when he had time to spare from work. He studied and finally mastered photographic technique on his own and gradually became more and more immersed in photography. In 1951, he became a member of the photographic association Foto Cine Clube Bandeirante and began exhibiting his works at exhibitions in Brazil and abroad. It wasn’t, however, until the early 1970s that he attracted attention from local newspapers and subsequently became known to a broader public. In 1998 he held his first solo-exhibition at the Londrina House of Culture, which created considerable reaction from critics and visitors alike. His works were also introduced to the public at the 2nd and 3rd International Biennial of Photography in Londrina in 1998 and 2000, respectively, where they received wide acclaim.
Surrounded by his family, he died 1999 at the age of 89. In 2008, the year of the 100th Anniversary of Japanese Immigrants in Brazil, his family donated his archives – original prints, negatives, photographic equipment, books and diaries – to the Instituto Moreira Salles. This exhibition shows 180 works from the Instituto Moreira Salles’ archive along with Ohara’s favourite cameras and other material such as his diaries, which he kept every single day from the time he left Japan until his death.


2015 is the year of the 120th anniversary of the establishment of diplomatic relationships between Brazil and Japan, which was commemorated by NHK broadcasting the television special ‘Japanese breaking new ground – 120 years Brazil-Japan’. This program portrayed the lives of Japanese-born immigrants who built a reputation in the Brazilian society and introduced Ohara Haruo together with another Japanese-born Brazilian artist, Ohtake Tomie, as the “most well known Japanese in Brazil”. Based on the depiction of the lives of these two artist, it outlined not only the past 120 years but also the present of the Brazil-Japanese relationships for which it received wide acclaim.


Exhibition of Photographs by OHARA Haruo
The Light of Brazil, Family Sceneries

Venue:The Kochi Prefectural Museum of Art
353-2 Takasu, Kochi-City, Kochi, 781-8123 JAPAN,
Tel.: +81-88-866-8000 Fax.: 088-866-8000
URL http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~museum
Period: April 9, 2016 (Sat.) – June 12, 2016 (Sun.)
Opening Hours:09:00 – 16:30(last admission 17:00)
*On April 9, 2016 the exhibition will be opened from 10:00, after the opening ceremony
Admissions:Adult advance ticket 720 ¥ , Adult door ticket 900 ¥ (720 ¥), University students 600 ¥(480 ¥)
( )Prices in brackets are for groups of 20 or more.
*Free for visitors with an annual museum (2,580 ¥), children in High-school and younger as well as owners of a Physical Disability Certificate, Rehabilitation Certificate, Mental Disability Certificate, War-disabled Person Certificate, Atomic-Bomb Survivor Certificate and one accompanying person.
Organization: The Kochi Prefectural Museum of Art, Instituto Moreira Salles, The Embassy of Brazil Tokyo, NHK Kochi
Support: The Kochi Prefectural Board of Education, The Kochi Municipal Board of
Education, The Kochi Shimbun, The Kochi Boradcasting Co. Ltd., Television Kochi Co. Ltd., Kochi Sun Sun Broadcasting Inc., Kochi Cable Broadcast, FM Kochi, Kochi City FM 76.2
Collaboration:Contact Co., Ltd.

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大原治雄作品

写真上左:家族の集合写真、1950年頃、パラナ州ロンドリーナ、シャカラ・アララ
Photograph upper left:Family Portrait, c.1950, Chácara Arara Farm, Londrina, Paraná
写真上右:シャカラ・アララの中心地、1950年代、パラナ州ロンドリーナ
Photograph upper right:My house at Chácara Arara Farm, 1950s, Londrina, Paraná
写真下左から:霜害の後のコーヒー農園、1940年頃、パラナ州ロンドリーナ :眞田準の農地、1955年、パラナ州ロンドリーナ :泥 ブラジル通り、1950年、パラナ州ロンドリーナ :雨後のロンドリーナ駅の操車場、1950年代、パラナ州ロンドリーナ :一服 シャカラ・アララの雇い人たち、1945年、パラナ州ロンドリーナ :治雄の子 シロとマリア、1948年、パラナ州ロンドリーナ、シャカラ・アララ
Photographs from the lower left:Coffee plantations after the frost, c.1940, Londrina, Paraná; Sanada Hitoshi’s Farm 1955, Londrina, Paraná; Mud, Rua Brazil, Londrina, Paraná; The Londrina Station Yard after the rain, 1950s, Londrina, Paraná; Two farmers at Chácara Arara Farm having a break, 1945, Londrina, Paraná; Shiro and Maria , 1948, Londrina, Paraná
©Haruo Ohara/Instituto Moreira Salles Collections

大原治雄作品2(Ohara Haruo Works 2)

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大原治雄作品

写真下左から:オリジナルなもの、1969年、パラナ州ロンドリーナ :渦、1957年、パラナ州ロンドリーナ :ソテツ サン・ジェロニモ通りの家にて、1969年、パラナ州ロンドリーナ :抽象:サン・ジェロニモ通りの家にて、1969年頃、パラナ州ロンドリーナ
Photographs from the lower left:Creation, 1969, Londrina, Paraná; Whirl, 1957, Londrina, Paraná; Cycas, House at Rua San Jeronimo, 1969, Londrina, Paraná; Abstraction, House at Rua San Jeronimo, 1969, Londrina, Paraná;
©Haruo Ohara/Instituto Moreira Salles Collections

大原治雄作品1(Ohara Haruo Works 1)

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ジャック=アンリ・ラルティーグ
幸せの瞬間をつかまえて
Jacques Henri Lartigue
Capturing Moments of Joy

埼玉県立近代美術館

「人生とは、踊り、跳びはね、飛翔し、笑い・・・
そうして過ぎ去っていく素晴らしいものだ!」

ジャック=アンリ・ラルティーグ初の大規模な回顧展がニューヨーク近代美術館で開催され一躍脚光を浴びたのは、1963年、ラルティーグ69歳の年でした。70歳を目前にしたあまりにも遅咲きのデビューは、世界中に大きな衝撃を与えました。以来、この〝偉大なるアマチュア写真家″の展覧会、出版が世界各地で相次ぎ、現在では写真の巨匠としてその名前は写真史に大きく刻まれています。

ジャック=アンリ・ラルティーグは、1894年、フランス、パリ郊外クルブヴォワの非常に裕福なブルジョワの家庭に生まれました。7歳のラルティーグ少年は、写真好きの父親に、初めてのカメラとなるガラス乾板を使う木製ビューカメラを買ってもらいます。絵を描くことが大好きだったラルティーグ少年は、この“魔法のおもちゃ”に夢中になり、あくまで自分の楽しみのためだけに、愛するものたちとの幸せな時間を記録し続けました。

アール・ヌーボー最盛期のフランスで富裕な家庭で育ったラルティーグ少年は、その目撃者でもありました。カメラが非常に高価だった時代、写真は一握りの人だけが享受できる贅沢な趣味の一つであり、写真がおもちゃ代わりでもあったという事実は、ラルティーグの家庭がいかに裕福な家庭だったかをも物語っています。自動車、飛行機、テニス、海辺のヴァカンス、当時の最新モードに身を包んだ女性たち・・・
ラルティーグが自分の楽しみのためだけに記録していたこれらの写真は、文化、芸術、産業などすべてが輝きをもっていた古き良き時代の貴重な財産ともなっています。

本展では、子ども時代から晩年までの代表的な作品と、その多くが日本初公開であるカラー作品など約160点を通して、写真を楽しみ、過ぎ行く時間や人生の歓びをつかまえようとしたラルティーグの世界をご紹介します。

ニュースリリース(PDF)はこちらへ

「ジャック=アンリ・ラルティーグ 幸せの瞬間をつかまえて」を出品作品スライドショーでご紹介します。(アップロード元:埼玉県立近代美術館)https://www.youtube.com/watch?v=8AJlxZ0b_Jo


ジャック=アンリ・ラルティーグ 幸せの瞬間をつかまえて
会 場 :埼玉県立近代美術館

〒330-0061 埼玉県さいたま市浦和区常盤9-30-1 TEL048-824-0111
URL http://www.pref.spec.ed.jp/momas/
会 期 :2016年4月5日(火)~5月22日(日)
開館時間:10:00~17:30(展示室への入場は17:00まで)
休館日 :月曜日(5月2日は開館)
観覧料 :一般1000円(800円)、大高生800円(640円)( )内は20名以上の団体料金。
*中学生以下と障害者手帳をご提示の方(付き添い1名を含む)は無料です。
*併せてMOMASコレクション(1階展示室)もご覧いただけます。

主 催 :埼玉県立近代美術館
後 援 :在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協 力 :富士フイルムイメージングシステムズ株式会社、JR東日本大宮支社、
FM NACK 5
企画協力:コンタクト
*記載事項は2016年2月現在のものです。内容が変更になる場合もあります。

Jacques Henri Lartigue
Capturing Moments of Joy
The Museum of Modern Art Saitama
April 5, 2016 (Thu.) – May 22, 2016 (Sun.)
10:00 – 17:30 (last admission 17:00)
Closed Mondays (except for 02.05.)
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Life is this wonderful thing, dancing, jumping, flying, laughing
…and passing.
It was 1963, the year Jacques Henri Lartigue turned 69, when the first large-scale retrospective of his works was held at the Museum of Modern Art in New York. The late debut, shortly before his 70th birthday, exerted a great impact all around the world, resulting in successive publications and exhibitions of this “great amateur photographer” that finally made him into the master photographer art history remembers him as today.
Lartigue was born 1894 in Courbevoie, a suburb of Paris, to a wealthy bourgeois family. At the age of seven, his father, who was a connoisseur in photography, bought him his first camera, a wooden view camera that uses a gelatin dry plate. The young boy, who also loved to paint, soon became absorbed with his “magical toy” and continued throughout his life to document the joyful moments with the things he loved.
Born into a wealthy family in France around the Fin de siècle he was also witness to the golden age of Art Nouveau. Given that back then photographic cameras were luxury items and photography a hobby only a handful of people were able to pursue, the fact that a camera for the young Lartigue was something like a toy, bespeaks of the enormous wealth of the Lartigue family. Automobiles, planes, tennis, trips to the seaside, women wearing the newest fashion – while Lartigue took photographs mostly for his own pleasure, they also bear valuable testimony to this ‘good old period’ and its illustrious culture, art and industry.
This exhibition shows around 160 images, from representative works of Lartigue’s youth until his later years, to color photographs of which a large proportion is being exhibited in Japan for the first time. And in doing so, it allows a glimpse at the world of Lartigue enjoying photography, of him chasing passing moments, chasing the joys of life.
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Jacques Henri Lartigue – Capturing Moments of Joy
Venue:The Museum of Modern Art Saitama
9-30-1 Joban, Urawa-ku, 330-0061 Saitama TEL: 048-824-0111
URL http://www.pref.spec.ed.jp/momas/
Period: April 5, 2016 (Thu.) – May 22, 2016 (Sun.)
Opening Hours:10:00 – 17:30(last admission 17:00)
Days Closed:Monday(except for 02. May)
Admissions:Adult 1000 ¥(800 ¥)、High-school students 800¥(640¥)
( )Prices in brackets are for groups of 20 or more.
*Free for children in Junior High-school and younger as well as persons with a Physical Disability Certificate (shogaisha techo) and one accompanying person.
*Ticket gives also admission to the MOMAS collection at the ground floor.

Organization: The Museum of Modern Art Saitama
Support: The Embassy of France / Institut français du Japon
Cooperation: FUJI FILM Imaging Systems Japan Co., Ltd., JR EAST Omiya branch、FM NACK 5
Collaboration:Contact Co., Ltd.
*The information provided above is up to date as of Febuary 2016. Contents may be subject to changes.

写真上左:ビビ、「エデン・ロック」のレストランにて、アンティーブ岬、1920年5月
写真上右:フロレット、ヴァンス、1954年
写真下左:幽霊になったジスー、ヴィラ・マロニエにて、シャテルニギヨン、1905年7月
写真下右:ぼく、ポン・ド・ラルシュ(パパ撮影)、1903年

Photograph upper left:Bibi at the restaurant of the Eden Roc Hotel, Cap d’Antibes, May 1920
Photograph upper right:Florette, Vence, 1954
Photograph lower left:Zissou Playing Ghost, Villa “”Les Maronniers, Chatel-Guyon, July 1905
Photograph lower left:Me at Pont-de-l’Arche (Photographed by my father), 1903
Photographie Jacques Henri Lartigue© Ministère de la Culture – France/AAJHL

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